事業再建への挑戦

ご愛顧いただいておりました皆様へ

築地魚河岸でも高い評価を得ていた請戸漁港の活魚は私たちの誇り
浪江町請戸のブランド力で事業再建への挑戦

有限会社柴栄水産 代表取締役 柴孝一

 弊社は、平成23年(2011年)3月11日に発生しました「東北地方太平洋沖地震」により工場、事務所、店舗等、すべてが流失、全壊。また「福島第一原子力発電所事故」により避難指示が出され休業を余儀なくされました。

 当初は別の地域での再建も検討していましたが、地元(浪江町請戸)での再建の思い入れが強く、避難解除を待ち、少しづつ準備をして参りました。

 ようやく平成32年4月、営業再開が現実的となり、再建の準備が進んでおりますのでお知らせ申し上げます。

 また、東日本大震災により顧客名簿がすべて流失してしまい、御礼やご案内の連絡も出来ない状態です。
宜しければ下記までご連絡して頂ければ幸に存じます

 皆様には、ご不便をおかけしましたが、これまで同様のご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。

令和元年9月
代表取締役 柴 孝一

社員一同、皆様からのご連絡を心よりお待ちしております。

有限会社柴栄水産
ゆうげんがいしゃ しばえいすいさん

所在地
〒975-0039 福島県南相馬市原町区青葉町1-206-10
TEL・FAX
0244-32-1750
MAIL
info@shibaei.co.jp

柴栄水産の歴史と経緯

明治から請戸漁港とともに

 有限会社柴栄水産は、明治30年(1897年)に創立以来、福島県浪江町請戸で、明治、大正、昭和、平成と水産業を営んできました会社です。初代の明治時代は、交通機関も馬車ぐらいで、天秤棒をかついで行商を行っていたと聞いております。

全国でも早く活魚の輸送を
スタート

 それから二代目は、大正、昭和初期くらいまで、行商のあとを継ぎながら現在の柴栄水産の土台を築き上げ、三代目の私は、昭和55年(1980年)、有限会社柴栄水産と法人化いたしました。弊社は、活魚・鮮魚部と加工部を主として、出荷及び卸売・小売業を営んでいる会社です。活魚の輸送は全国でも早く、昭和44年に初めております。

 また、加工場は、昭和54年(1979年)に建設後、平成7年(1995年)に当地方でも早く全自動釜及び遠赤外線乾燥機を導入し、干シラス(カチリ)、干小女子、干白魚を加工製造しております。

安心安全のニーズに応える

 いずれも国産品だけで、当漁港での水揚げの品々が特徴で、当社製造の高級干白魚は当地でも有名です。干シラス(カチリ)、干小女子も関東、関西方面で人気が高く、注文も多くいただいておりました。

私たちは、これまで消費者の安心安全のニーズに応えて、衛生面には特に気をつけてまいりました。

福島県観光みやげ品として推薦・愛される商品づくり

 お陰様で、柴栄水産の極上ちりめん【干しらす・干小女子・干白魚】は、お子様からお年寄りまでカルシウムいっぱいの小魚が好評で、ひと味違った贈り物として御歳暮・御中元・慶弔事のお引物として喜ばれ、優良な品と認められて福島県観光みやげ品として推薦されました。

和風レストラン六角茶屋

 また、活魚卸業を営む私たちは「地元の活魚と海鮮料理のおいしさ」にこだわって、地元地域の方々、浪江町請戸を訪れた方々に「ぜひ味わって欲しい、喜んでもらいたい。」との想いから、弊社直営の和風レストラン「六角茶屋」を運営しておりました。

 双葉地方で唯一ホッキ貝釜飯が食べられるお店としても知られており「とにかくおいしくて満足」「刺身の鮮度が抜群」など、嬉しいお声をいただき、お子様やご年配の方まで皆様にご愛顧いただいておりました。
(現在は避難指示が出され休業を余儀なくされている状況です)

地元浪江町請戸での再建を

 弊社は、平成23年(2011年)3月11日に発生しました「東北地方太平洋沖地震」により工場、事務所、店舗等、すべてが流失、全壊。 「福島第一原子力発電所事故」により避難指示が出され休業を余儀なくされました。

 当初は、別の地域での再建も検討していましたが、地元(浪江町)での再建の思い入れが強く、避難解除を待ち少しづつ準備をして参りました。築地魚河岸でも高い評価を得ていた請戸港の活魚は私たちの誇りです。

 ようやく平成32年(2020年)4月、営業再開が現実的となり、再建の準備が進んでおります。